「生涯青春」継続中(^_^) vol.28

8月 葉月

 

「葉落ち月(はおちづき)」。

葉が落ち始め、秋の気配を感じる頃を表した旧暦八月の美しい呼び名です。

 

現代では、まだまだ暑さの盛り。

「暑アっつ月」とでも呼びたくなる季節ですが、「葉落ち月」という響きには、どこか秋風を待つ心があります。

 

日頃あまり深く考えることのない「わび」と「さび」。

ある出来事をきっかけに、その違いを漢字から深読みしてみました。

 

辞書では「侘しい」は、孤独で寂しい、静かでもの寂しいこと。

一方、「寂しい(さび)」は、満たされない気持ちや、物足りなさを表します。

(「寂しい」という言葉の中に、すでに「さび」が隠れているのも面白いですね。)

 

そして「さび」に使われる漢字は、「寂び」です。また、「錆び」という字が示すように、

時を重ねることで生まれる味わいや美しさを感じる、日本独特の感性なのではないかとも思いました。

 

どちらにも流れているのは、「儚さ」を受け止める心。

英訳を調べても、両者には impermanence(無常・うつろい) が共通して使われています。

 

私なりに深読みすると、

「わび」は「さびしさ」の中にある、不完全であることや欠けていることを慈しむ感性。

「さび」は、時を重ね、変化していく姿を味わう感性。

 

その違いはありますが、「わび」の中にも「さび」があり、「さび」の中にも「わび」があるんだなぁと・・・深読みを楽しみました。

 

だからこそ、「侘び寂び」は二つの言葉でありながら、一つの日本人の美意識として受け継がれてきたのかもしれません。皆様は、どのように感じられるでしょうか。

 

八月は、ハスが美しい季節です。

幾重にも重なる花びらを眺めていると、「わび」と「さび」もまた、一枚の花びらのように重なり合い、日本人の美意識を育んできたのかもしれません。

 

理想を失う時 初めて老いが来る・・・サミュエル・ウイルマン